今回は佐賀県のお城めぐりに行ってきました。
名護屋城
秀吉による朝鮮出兵の拠点として築かれた名護屋城。まず併設されている名護屋城博物館で下調べ。無料ながら充実した展示です。

島原の乱の後徹底的に破却されて跡形もないような勝手なイメージを持っていましたが、多くの石垣が残りまたよく整備され、広大で強固な城のスケールに圧倒されました。


当時は城の周囲の丘陵全体に160ほどの大名陣屋があったそうで多くが発掘調査されています。今回は前田利家と堀秀治の陣屋跡に訪れました。


多くの朝鮮人民を苦しめたことはもとより、ここに全国から連れてこられ海を渡ったた兵士たちはどんな思いだったのでしょうか。
夜は唐津のホテルに泊まりましたが、距離的に近いせいか韓国の方が数多く泊まっていました。おそらく名護屋城にも行かれたのでしょうが、どんな思いで観られたのでしょうか。
唐津城

名護屋城の補給基地として築かれ、名護屋城廃城後はその遺材を使って増強されたと言われています。海からの眺めがすばらしいです。


平戸城
日本で初めてポルトガル船が入港し、後の三浦按針も乗っていたオランダ船が漂着するなど海外との接点の多い歴史ある平戸にある平戸城。海を見下ろす丘の上に建ちます。




鹿島城

佐賀藩の支藩であった唐津藩の陣屋ながら規模も大きく石垣も立派。本丸御殿跡には高校が建ち、御殿正門だった赤門は高校の正門となっています。

番外編①水城
佐賀城は去年行ったので、鹿島城から福岡空港に戻る途中に立ち寄りました。

日本が百済とともに唐・新羅と戦い敗戦した白村江の戦いの後、太宰府政庁の防御のために築かれた防御施設です。1.2kmにも及ぶ土塁の前後に水堀が備わっていました。

番外編②大野城
水城が突破された後の最後の砦として築かれた周囲8kmにも及ぶ日本最大規模の古代山城です。

土塁や百軒に及ぶ石垣などがよく残っており、発掘調査で礎石などが数多く発見されています。


水城、大野城とも規模が大きく、これらを築くことはもちろん、守備するにも相当の兵士が必要で、当時の大和政権の支配力や土木技術の高さに驚きます。
これで今年のお城めぐりは13城となりました。昨年の30城を超えられるか?
